附子の何がどう作用しているのか?
毒性/薬性の根源は複数のトリカブトアルカロイド
全草に毒を含むトリカブトですが(参考「附子の基原」)、この毒性は全てトリカブト含有のアルカロイドによるものです。トリカブトアルカロイドが毒性の根源であり、附子の薬効成分です。
トリカブトアルカロイドは一種類ではなく、多種類です
プソイドアルカロイド(偽アルカロイド)でテルペノイド由来のジテルペン系アルカロイドと、真正アルカロイドでアミノ酸(チロシン)由来のイソキノリン系アルカロイドがありますが(実はもっとあるのかもしれません)、これらは生成経路が異なります。進化的に別々に作られたアルカロイドなのでしょう(→アルカロイド)。
様々なトリカブトアルカロイドの一例
※1:ノル(nor)は骨格原子(通常メチレン基)が除去された化合物に使われます。馴染みのあるものではアドレナリンとノルアドレナリンがあります。
※2:アコニン、ヒパコニンの生理活性は現在までにほとんど報告がありません。
※3:イソ(iso)は同一の、類似のという意味。
猛毒はこれだ!
複数あるトリカブトアルカロイドの全てが強力な毒性を持つわけではありません。毒性が強いのはエステル結合が二個あるジエステルアルカロイド達です。
ジエステルアルカロイド
先述の通り、ジエステルアルカロイドはアコニチンだけではありません。他にもジェサコニチン、メサコニチン、ヒパコニチンなどのジエステルアルカロイドがあります。よく似てはいます(生合成時の材料の問題だったのかなんだったのかはわかりませんが、とにかく現時点でわかっていることからすると、方向性が「人にとって毒である」という点ではと同じようなものです)。
エステル結合が2つある
ジエステルアルカロイドがNa+チャネルに作用することは分かっていますが、何故エステル結合を二つ持つアルカロイドが猛毒なるのかはわかっていません、エステル結合が一つ(モノエステルアルカロイド)では猛毒にはならないのです。
毒性の機序
イオンチャネルは生命活動の根源をなします。とりわけ重要なイオンはNa+、K+、Ca2+、Cl–、H+など。
ジエステルアルカロイドはこの内のNa+チャネルに作用します。なお、Na+チャネルは体中の全細胞に存在します(→ 附録「細胞膜」)。
ジエステルアルカロイドは細胞膜(脂質二重膜)を通り抜け、細胞内からNa+チャネルのサイト2に結合し、そのチャネルの閉口を抑制します(オープナー)。従って、細胞内にNa+がドンドン入ってくるということになります。結果、細胞膜は再分極できなくなります。
ジエステルアルカロイドはNa+チャネルの閉口を抑制する
1個の開いたイオンチャネルを、毎秒100万個以上のイオンが通過できます。これは輸送体の最大輸送速度の1000倍程度にあたります。
神経細胞への影響
情報伝達が神経細胞の役割
神経細胞(ニューロン)は他の細胞と比べて、もっぱら電気シグナル(活動電位)を発生・伝導する細胞であり、イオンチャネルを実に巧妙に使っています。刺激を受け取り(末梢神経)、統合し(中枢神経)、伝達する(末梢神経)ことが神経細胞の基本的な仕事です。
活動電位はニューロンの細胞膜内外の電位の変動によって起こるもので、このニューロンの電位の変動を担うのが電位依存性Na+チャネルです。
ニューロン=神経細胞と同義ですが、なんだか生き物といういうよりもコンピューターのような情報伝導・情報処理という感覚です。機能のみを言う時は「ニューロン」と言った方がしっくりきます。
Na+チャネルが影響するのは活動電位の発生とその伝達
[発生] 電位依存性Na+チャネルが開き、細胞内にNa+が流れ込むことで活動電位が発生しますが、電位の振幅は符号化できないため、電位発生の頻度によって活動電位の強さが符号化されます(頻度符号化)。電位の発生源は1個のニューロンではなく、多数のニューロンの集団です。仮に活動するニューロンが少数でも、揃って活動すれば大きな電位になり、多数が盛んに活動していても、それが同期していなければお互いに打ち消しあって合計の電位は小さくなります。
[伝達] ランヴィエ絞輪部分には電位依存性Na+チャネルが集中して存在しています。絞輪部分に局所回路ができ、活動電位は絞輪部から次の絞輪部へと跳躍して伝導することができます。
神経細胞(ニューロン)
ミエリン鞘は進化の過程で獲得した組織であり、電動速度の速い有髄線維の「跳躍伝導」により速い情報伝達が可能となりました。
イオンチャネルの特性として、開き放しにならないということは重要
活動電位が発生・伝導するのに必要なのはイオンチャネルの迅速な開閉で、これは1msほどで起きます。神経細胞上のNa+チャネルの開口時間が延びることで、活動電位が生じる際、通常より多くのNa+が細胞内に流れ込みます。当然再分極に時間がかかり、不応期が長くなり、神経伝導が阻害されます。
正常時と中毒時の膜電位推移の比較(神経細胞)
身体への影響
不応期が長く続き、次の活動電位を送り出せなくなると、初期は口唇の痺れ、嘔吐、下痢、流涎が見られ、最終的に神経信号の伝導が止まってしまい、運動麻痺、知覚麻痺、痙攣、呼吸困難、心伝導障害などが出現します。致死量のトリカブト毒では死に至ります。
心筋や骨格筋にも影響が出ます(後述)。
二輪草
以上の理由から、トリカブトは日本3大有毒植物(毒ウツギ、毒セリ)の1つとされています。現代においても中毒に対する特異療法は無く、呼吸循環管理のみの対処となります(心筋への影響で起こる不整脈に対しては、開きっぱなしの心筋Na+チャネルをメキシレチンなどで遮断する治療が行われます)。
葉の形などが山菜(二輪草・紅葉傘・セリ・蓬など)とよく似ているため、春~初夏には誤食による中毒事件が頻繁に起きています。
心臓への影響
自律神経への影響
各組織の需要に応じて心拍出量を調整するのは自律神経系(ANS)の役割であり、心拍数、収縮前の充満度および収縮力が調節されています。トリカブトアルカロイドがNa+チャネルに影響することで、この自律神経系においても活動電位の発生および伝導に障害が出ます。
心拍出量の増加は、心拍数と1回拍出量の増加によりもたらされます。心拍出量の増加は自律神経系を介しており、洞房結節への副交感神経活動の抑制と交感神経活動の亢進が同時に起こることによって増加します。
心筋への影響
洞房結節(ペースメーカ細胞)の静止膜電位は心室筋線維の約-90mVと比べてずっと浅く、約-60mVです。-60mVでは、速いNa+チャネルはすでに閉じているので、洞房結節脱分極相(立ち上がり相)はCa2+チャネル(L型)の開口により形成されます。従って洞房結節においてはNa+チャネルの障害による影響はあまりありません。
心筋は自律神経の支配下でその活動が調節される不随意筋で、洞房結節による自動性によって自発的に興奮します。トリカブトアルカロイドにより自律神経の正常な伝導が阻害されても、この自動性によって心筋に興奮が伝わります。
しかし、心筋の静止膜電位は深く、-90mV近くなので、Na+チャネルの障害の影響を大きく受けます。ここで使われているNa+チャネルは主に心臓で発現するNav1.5です。
心臓の自律神経支配
正常時と中毒時の膜電位推移の比較(心筋細胞)
身体への影響
心臓においては自律神経と心筋(特にNav1.5)の両者に作用を受けるため、神経細胞よりも強くトリカブトアルカロイドの影響が発現します。
心筋では収縮の調整が乱れて不整脈が生じ、最終的に心臓から血液を押し出せなくなり、心停止を招きます。トリカブト中毒による死亡の直接的な原因は心室細動や心停止です。
骨格筋では最初にピリピリする感覚が表れ、大部分のNa+チャネルが影響されると筋肉の麻痺が起こります。
心筋は骨格筋とよく似た収縮をしますが、プラトーを形成することで、骨格筋に比べ筋収縮持続時間を15倍も長く保ちます。
附子の薬効
毒はうまく使えば薬にもなります。それでは、修治(後述)により減毒されたトリカブトアルカロイド(附子)はどういった薬効を持つのでしょうか。
製薬会社は様々な受容体に対して、それぞれに選択的に働く受容体阻害剤や受容体活性化剤を開発して薬にする研究を行っています。イオンチャネルは様々な疾患において重要な創薬標的となりうるのです。
心臓では
附子の場合は、心筋細胞内Na+濃度が上がることで、心筋細胞膜上のNa+/Ca2+交換体が活発に働き、細胞内Ca2+が上昇します。これにより心筋収縮力が上昇し、心拍出量が上昇、循環血液量の増加が見られ、また徐脈になります(→ 附録「ジギタリス」 )。
また、心筋への作用だけでなく、心臓への自律神経伝達も、減毒の程度によりますが、阻害されます。
正常時と附子服用時の膜電位推移の比較(心筋細胞)
循環血液量の増加により改善が期待できる症状は少なくありません。体温上昇や代謝亢進、利尿また、血流改善による鎮痛効果も期待できます。
代謝の低下による不調は当人にとっては苦痛であるにも拘わらず、病気として認識されることが少なく、現代医学では治療の対象とならないことがほとんどです。
神経細胞では
附子の場合、伝導が阻害されることでごく軽度の知覚麻痺が起こり、鎮痛効果が期待できます。この鎮痛は減毒の程度にもよりますが、弱いものになります。
代謝の亢進による鎮痛と相まって、メーカー間の差異も理解しつつ使いこなしていくと患者さんには良い効果が得られると思います(→「痛みと漢方」)。
正常時と附子服用時の膜電位推移の比較(神経細胞)
2019年4月、附子の鎮痛成分としてネオリンが報告されました。アコニチンやメサコニチンと異なり、減毒処理をしても分解されないためブシ末にも残存しています。神経障害性疼痛に効果があるとのことですが、これからの検討課題です。私としては、含有量が少ないこと、エステル結合を持たない構造(=当然加熱により減毒されることはありません)から、その可能性は低いと考えています。前駆物質、予備物質等なのではないかと思うのです。
附子の減毒(修治)
準備中
トリカブトアルカロイドを総称し、アコニチンという成分名に置き換えて話すことがよくあります。トリカブトに含まれるアルカロイドの中で最も成分量が多いのがアコニチンであったため、あるいはラテン語名からということもあるでしょう(附録「西洋におけるトリカブト」)、トリカブトアルカロイド=アコニチンと呼ばれてきましたが、実際には含有アルカロイドの種類は多いですし、種によってはアコニチンが一番成分量が多いアルカロイドというわけでもありません(日本で使われているハナトリカブトのジエステルアルカロイドで一番多いのはヒパコニチンです)。